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MOTアニュアル2012における田中功起氏の試み

田中功起上映会(@ユーロスペース)そしてMOTアニュアルにおける田中功起氏の試み


この上映会の前に予習ではないが、vimeoで公開されている同じ作品《A Piano Played by Five Pianists at Once (First Attempt)》http://vimeo.com/34917113をちらっと観たのだが、今回映画館という場においてこの作品を再び観て、まず印象がかなり異なることにまず驚かされた。その違いを作り出しているのは、もちろんインターネットと映画館という空間そして環境の違いなのだが、そこで思い起こされるのはボリス・グロイスのデジタル論である。グロイスによれば、デジタルの映像はいつも同じものでありそれがデジタルの特徴だと思われているが、いつも変わらないのはあくまでも不可視のデジタル・コードであって、映像自体はそれを映し出すメディアによって様々な現れ方をする。ネットで見るのと、美術館のインスタレーションの中で見るのと、会議の中で映像資料として見るのとでは、同じデジタル・コードを元にしたものであっても、実際に映像を見る際にはメディアによって異なったものとして現れる。
 
 したがって、僕がネット上のvimeoで見たものとユーロスペースという映画館て見たものとは同じ内容であっても、もはや同じ作品とは言えないのかもしれない。今回わざわざ映画館で作品を上映したのは、長い作品なので映画館の方が見易いからというわけではなく、普段作品が上映される場となっている美術館やギャラリーとは異なる空間・コンテクストにおいて上映するということが目的であったのだろうし、そのコンテクストの違いが作品体験の違いをも生むだろうという確信があったからであろう。その違いを体感できたことが今回の上映会においてとても興味深い経験であった。

そもそもすべての作品を全部見ることができないというのは今では現代美術の展覧会の一つの条件のようなものになっていて、それこそ映像作品をすべて見ると膨大な時間になってしまうので、実際問題として見ることができない。すべてを見ることの不可能性がそこには胚胎されている。それに対して映画館では作品全部見ることが前提となっているのだ。映画館で映画を見るということは、ある一定の時間観客が一つの空間に閉じ込められ、初めから終わりまで作品すべてを見ることである。もちろん映画館で映画を見るということ自体はありふれた経験であるが、元々美術の展覧会のために作られた映像作品を美術の展覧会のイベントとして映画館で見るとなるとまた話は違ってくる。(実際この作品が初めて公開された際は普通にギャラリー内で上映されたはずである。) そこではそれぞれの上映環境やコンテクストの差異、その差異がもたらす鑑賞体験の違いといったものを必然的に意識させられることになるのである。したがって、ただ映画館で映像を上映するという事実ではなく、美術の展覧会で上映されるはずの作品が映画館で上映されるという、コンテクストの移動こそが重要であるだろう。

田中さんはそもそも今回に限らず作品をどのように展示するかということにとても意識的なアーティストで、 作品展示や体験の場が展覧会という枠組みのなかに限定されてしまうことに批判的であり、 作品展示の仕方を変えることによって作品体験にどのような違いが生まれるのかということを探求し続けている。今回のMOTアニュアルにおける田中さんの出品作品はその問題意識が如実に出ているものであって、展示会場には田中功起作品は基本的に存在しない。 (ちょっとした例外はあるのだが…) 会場以外の場所・メディアで田中さんの作品は展開されていて、例えば「ダイアローグ・トゥー・ザ・パブリック(JR山手線)」 http://togetter.com/li/399048  はその顕著な例だろう。山手線の車両内で名札とボードを膝の上に置いて美術について数人でトークする。 もしただ普通に電車に乗って話をするならば別に普通のことであって、ここでも重要なのは、名札ボード?を持って美術の話をしているということである。どこか美術館の講堂などで行うトークの形態を山手線の中に持ち込んでいる。それによってトークという行為も山手線の車両という場もともに異化され別のものに変容しているのだ。したがって、ただ公共空間でトークすることだけでなく、ここでもコンテクストの移動が重要な役割を果たしている。

このような「オフ・ミュージアム」といってよい活動は、美術館や展覧会という存在を否定しているように見えるかもしれないが、決してそうのような意図で行われているのではないだろう。一方で美術館が他の空間とは異なるものとして存在しているからこそ映画館や公共空間での活動も意義深いものとなるのである。そこでは、美術館を否定しているのではなく、その存在を利用しつつ館外活動を通じてアーティストが美術館を(そして公共空間といったそれ以外の空間をも)変容させているのである。

《参考リンク》
MOTアニュアル2012「風が吹けば桶屋が儲かる」http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/140/
ART iT 田中功起インタビュー(1) http://www.art-it.asia/u/admin_ed_feature/BAnvpX584DjzgLydcGKN
ART iT連載 田中功起 質問する6 (林卓行氏と) http://www.art-it.asia/u/admin_columns/kBHMmjVWKGU405fIyr6D/
田中功起 質問する8(西川美穂子氏と) http://www.art-it.asia/u/admin_columns/wCrksZchYbyUxA7VHPng/
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