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生誕100年 ジャクソン・ポロック展(東京国立近代美術館) 後編

ここから後編。前編はこちら。

次にようやく今回の目玉作品、はるばるイランからやって来た「インディアンレッドの地の壁画」(1950)。先述のように「最高傑作」とは言い過ぎかもしれないが、この展覧会の出品作のなかではこの作品がポロックの代表作に一番近いものだろう。作品タイトルの通りインディアンレッドに塗られた地の上に白や黒、黄やシルバーの細い線が画面いっぱいに比較的均一にポーリングされている。いわゆるオール・オーヴァ&ポーリングの作品と言ってよいだろう。大きさ的には壁画サイズの代表作に比べて少し小さく183×243.5cm。地のインディアンレッドはとても主張の強い色であるのだが、作品を観ているときに不思議とあまり気にならない。むしろ細かい線の絡み合いが前面に出て来ていて、こちら観者がその中に巻き込まれていくような感覚がある。そういった意味で、岡崎乾二郎氏がポロックの身体運動を魚釣りの身振りに例え、ポロック作品の空間は奥行きではなく手前に実現されるのだと言っていたのはよく分かる。最上部のふんわりと投げかけるような線によってこちらの身体が絡め取られるような感じがする。

そのようなポロック絶頂期の典型的な作品に対して、「ナンバー7, 1950」は少し違う魅力を持っている。個人的には、「インディアンレッド」に劣らず良い作品だと思うし、今展覧会で最も印象に残った作品だ。「インディアンレッド」と同様こちらを巻き込み絡め取るような感覚はあるが、それと同時に、線の密度が低いせいか積み重ねられた複数の層がより露わになっている。一番奥の層に刷毛で塗られたアルミニウム塗料のシルバーの太い線、その上に黄色、黒、白のポーリングの線が順に重ねられていく。さらに、黒と白の2層ではそれぞれ垂直に引かれたポーリングの線が横方向に並置されているのが明瞭になっていて、水平方向への動きが感じられる。(特に黒の線は「壁画」に近い、人体のような形象を想起させる。) 

このようにこの作品では並置と積層が絡み合っているのだが、さらにこれを複雑にしている二つのポイントがあって、ひとつは最も奥の層で用いられているのがシルバーのアルミニウム塗料であるということである。図録などの解説文でも触れられているように、光の当り具合によっては輝いて見えるので一番奥にありながら不意に最も手前に存在するように感じられる。そのように積層の順番を故意に混乱させるような仕組みがなされているのに加え、もう一つのポイントはそのアルミニウム塗料がポーリングではなく刷毛を用いて描かれているということである。ポロックのクラシック期(1947-50)と言うとどうしてもオール・オーヴァかつポーリングというイメージになってしまうが、実際はこの時期でもそのクリシェに必ずしも当てはまらない作品が多い。この第四章の作品でも典型的なオール・オーヴァ&ポーリングの作品と言ったら「ナンバー11, 1949」や「インディアンレッドの地の壁画」(1950)ぐらいではないだろうか。あとはせいぜい「ナンバー25, 1950」。この「ナンバー7, 1950」も刷毛を用いているので完全なポーリング作品ではないためその名称には当てはまらない。

技法に戻ってもう一度考えてみると、刷毛で塗ることとポーリングとの一番の相違は、ポーリングでは画面から距離を取って直接触れることなく薄く溶いた絵具を注ぎ込むのに対して、刷毛を用いる際には画家自身がキャンバスに近づいて絵具の付いた刷毛をキャンバスに直接接触させるということである。要するに、オール・オーヴァ&ポーリングの作品が均質的であるとするならば、この作品においては二つの描き方(刷毛の使用とポーリング)によって一つの画面の中に二つの異なる絵画的質がもたらされ、それぞれ層となって統合されることなく共存しているのである。

そして大原美術館の「カット・アウト」(1948-58)は、まさにナイフが直接オール・オーヴァ&ポーリングの画面に接触し切り込むことによってキャンバスの中心部から人体的形象が暴力的に切り取られた作品である。(ポロックが形象を切り抜いた後放置していたものを妻のリー・クラズナーがポロックの死後彼の他の作品のキャンバスに貼り付けた、というのが今では定説になっているようだが、ここでは作品だけに注目し作者問題は問わないことにする。) ここでも画家による二つの異質な身振りが一つの画面に共存している。「暴力的」と言ったように、刷毛で塗られた以上にキャンバスを切り抜く行為は異質性を感じさせるものだし、絵画というよりは彫刻的行為に近い。(ここで、もともとポロックは画家よりも先に彫刻家を目指していたことを思い起こしてもよいかもしれない。)  1947年にポロックはこう言っている。「枠に張っていないキャンバスを、硬い壁や床に鋲で留める方がいい。私には硬い表面の抵抗が必要なのだ。」[Pollockと図録] 中空から絵具を注ぐポーリングではキャンバスとの距離が保たれているのに対し、カットアウトではナイフが直接キャンバスに触れ「硬い表面の抵抗」を強く感じて形象を切り抜くことになる。要するに、ポーリングでは失われてしまった「硬い表面の抵抗」を求めて、刷毛や筆で直接キャンバスに絵具をなすりつけ、さらにはナイフによる切り抜きという形で表面の抵抗への欲求が暴力的に現れたのではないか。ここではあまり触れるつもりはないが、マイケル・フリードのように網膜の欠損という形でカットアウトを視覚性に包含してしまうこと[ATP]には疑問が残るし、そのような解釈ではその彫刻性や暴力性を捉えることができないのではないか。(奇しくもフリード自身はカットアウトに関して計らずも「外科手術」という言葉を使ってしまっているのだが。[ATP])

少々長くなりすぎてしまったので、簡単に最後の第五章を見て終わりにしよう。どんな理由かは明確ではないが、ポロックは多大な成功を収めたクラシック期の様式を捨て51年から「ブラック・ポーリング」という技法に移行した。地塗りしていないキャンバスに薄く溶いた絵具を注ぎ込んで布地に浸透させる(ステイニング)という方法で制作されたもの。技法の変化だけでなく、これと同時にクラシック期に姿を消していた具象的イメージが復活する。すぐ翌年にポロックはブラック・ポーリングを止めてしまうのだが、彼の早い晩年において充実した作品群を形作っている。

まず本展覧会における最も巨大な作品でもある「ナンバー11, 1951」を見てみよう。この作品は「ブラック・ポーリング」シリーズ作品の一つなのだが、実は黒だけで描かれているのではなく一番下の層は茶色の絵具が塗られている。その上にほぼ重なるようにして(だが完全に重なることはなく)黒の絵具がポーリングされキャンバスに浸透しているのである。つまりここでも以前の作品と同様に積層化された画面が形成されているのである。(茶色の層の存在もしっかり分かるようになっている。)

そして、「ブラック・ポーリング」シリーズの中でも個々の作品によって異なるのだが、少なくともこの作品においてはポーリングされた黒の絵具は何らかの形象を輪郭付ける役割を果たすというより、むしろ外側の余白部分を黒く塗りつぶすことによって白い部分に形象を浮き上がらせるということを行っている。したがって、直接的に形象の部分を絵具で塗ったり輪郭線を引いたりすることによって形を描くのではなく周りの部分をマスキングすることによって形象を表すという意味では、意外にも1945年の「トーテム・レッスン2」などの制作方法に近い。この「ナンバー11, 1951」では、地塗りされていない白いキャンバスは図を浮き上がらせる地ではなく、むしろそれ自体が図となっているのである。

他にも言及したい作品が多くあるが、とりあえずこの辺りでやめておこう。これまで述べてきたように、ポロック作品においては並置と積層という二つの要素が重要な役割を果たしていて、「ナンバー7, 1950」のような充実した作品ではその二つが絡み合って絵画空間を構成している。さらに、最後に検討した「ナンバー11, 1951」を見ても分かるように、晩年のブラック・ポーリングの作品でも初期作品と共通する構造を備えている場合があるし、クラシック期のオール・オーヴァ&ポーリングの作品に絶頂を見る観点がポロックのキャリアにおいて断絶を強調するのに対して、それと同時にポロックにおける連続性を見ることも重要となってくるであろう。

いずれにせよ、ポロックの作品をある程度まとめて見ることができるまたとない機会なので、実際にポロック作品をご覧になることを是非お勧めしたいし、自らも何度も足を運びたいと思う。

ジャクソン・ポロック展は東京国立近代美術館で5月6日まで。

参考文献
・「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」図録 (2011年) [「図録」と略]
・「Art Trace Press 第1号 特集 Jackson Pollock」 (2011年) [「ATP」と略]
・Jackson Pollock, Interviews, Articles, and Reviews, 1999 [「Pollock」と略]
・「芸術新潮 ポロック特集 2012年3月号」
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