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栃木県立美術館「画像進化論」

栃木県立美術館で「画像進化論ーメディア的進化と創造的退行のダイナミズム」展。ほとんどの出品作が栃木県美の所蔵品というコレクション展ではあるが、ピーター・ガラシの「写真以前」などを援用しつつイメージの進化をテーマとした一風変わった展覧会。会場入り口に簡単なあいさつのパネルがあるだけで、他に展覧会趣旨や作品を説明したパネルは皆無。しかし、細かいテーマ分けはいくつもあって、「遠近の擬態」「熱学的画像」「視覚的断崖」といった俄かには意味を図りかねる小テーマ名が壁の上部に書かれているだけ。そもそも「画像進化論」という展覧会全体のテーマも馴染みのないものだし、細かいテーマ分けも抽象的なので、展示を見ただけでは担当学芸員の展示コンセプトを完全に理解するのは不可能だろう。

しかし、これは別に展覧会の不備というわけではなくて、画像進化論という枠組みは展示構成やテーマによって提出しつつも、むしろ観客にそれにこだわりすぎることなく自由に見て欲しいという配慮なのだろう。もし展覧会のコンセプトを詳しく知りたいというならば、図録(ショップで1000円で販売)を参照して欲しいということだろう。

したがって、この展覧会を見るときにはあまり「画像進化論」や小テーマ分けに囚われすぎることなく作品を鑑賞しながらメディウム同士の関係性にも思いを巡らせるくらいの方が良いと思う。そうやって見るならば、所蔵品ながらもバラエティ豊かな作品が展示されていて作品間の関係についても考えさせられるしなかなか楽しめる展覧会だと思う。

画像進化論とはごく簡単に言えば、経済的原理において絵画→写真→映像という進化の過程があり、以前のメディウムは次々と淘汰されていってしまうのに対して、芸術という「ガラパゴス」的特殊分野においては進化に対して「退行」があり、そこに芸術の豊かな可能性を見い出すことができる、といったところだろうか。

だが、そもそもイメージにおいて直線的な進化を見い出すことが正しいかどうかという問題があるだろう。図録のなかでジョナサン・クレーリーが何度も参照されているが、クレーリーの議論はむしろそのような進化論に反するものではなかっただろうか?

そのように、展覧会のコンセプト(や図録論文)にはいくつか疑問がないわけではないが、単純に展示だけを見るならばなかなか大胆なものであり、年代順に並べられただけの退屈なコレクション展に比べれば断然面白い。ボイスと若江漢字作品の展示方法に一部疑問が呈されていたが、ヨコトリのライアン・ガンダーとリヴァーネ・ノイエンシュヴァンダーの水晶・シャボン玉繋がりに比べたら嫌な感じはしなかった。細かいテーマ分けなどは良い意味で胡散臭さを醸し出していて、「客観的」でメタ・ポジションからのキュレーションという印象は個人的にほとんどなかった。学芸員が普段から馴染んでいる所蔵品であるし、あのぐらいやるのもアリなんじゃないかと思う。

上述したように、イメージの進化論という大げさなテーマよりメディウム同士の関係を考えつつ作品を鑑賞するぐらいの態度の方が楽しめる展覧会だと思う。その上で画像進化論というテーマに興味を持ったならば図録を購入して担当学芸員である山本和弘氏の論文を読むこともできる。あと一部作品はただ見ただけでは作品の「意図」が分からないものがあるので、展示室内の椅子におかれた図録の作品解説を読むというのもいいと思う。

栃木県立美術館の「画像進化論」展は9月19日まで。
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