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「MOTアニュアル2011」東京都現代美術館

東京都現代美術館で開かれていた MOTアニュアル2011に行ってきた。MOTアニュアルは毎年東京都現代美術館で開かれている、若手作家を集めたグループ展。今回は「Nearest Faraway 世界の深さのはかり方」というテーマのもとに6人の日本人作家が出品している。

まず、最初に冨井大裕の作品。冨井はスポンジやダンボール、画鋲など、日用品をほんの少し変容させて作品をつくっている作家。元の日用品が何か分からなくなってしまうまで直接個々の素材に手を入れることはなく、主に配置の仕方であったり色の組み合わせ方によって作品として成立させていくその手際がとても刺激的。日用品と作品との際、あわいに存在するというか、日用品でしかないものが作品へと立ち上がってくるその瞬間を垣間見させてくれる作品だと言ってもよいだろう。
 
日用品が本来の用途から引き離され、異なった秩序のなかに置かれることによって今までと違った側面が見い出される。といっても、凝りに凝った特殊な並べ方をするのではなくグリッド形式など規則正しく物を配置するのが特徴的。しかし、ただ単調に並べられているだけでなく、同時に少しの変化が加わっていることによって作品の魅力が増している。例えば「ゴールドフィンガー」という作品はただ大きな壁に矩形となるようグリッド型に画鋲をひたすら突き刺していっただけと言ってもよいようなものなのだが、おそらく手でひとつひとつ刺していったせいか少し曲がっていたりして画鋲ごとに刺さり方が違っている。そのため見る場所が違っていたり周りを動きながら見たりすると、画鋲が光を反射する仕方がその都度変化していき様々な表情を呈するので、観者はついいろいろな方向から作品を何回も眺めてしまう。

あと、もう一つ特徴的なのはそこら辺にある日用品を用いていたり作品自体も簡単な加工しかしていなかったりするものが多いせいか、観者の方が同じものを作ってみるよう誘われるというか、真似したくなってくる。自分でも日用品で同じような物を発想し作り出すことができるのではないかと思えてきて(もちろんそう簡単にできるものではないのだが)、そういった発想で周りにある卑近な物たちをいつもと違った目線で見るよう促され、日用品の違った側面にふと気づかされる感覚がある。

通常と違った視線を要求されるという意味では池内晶子の作品も同様だと思う。とても細い絹糸を空間に展開した作品なので、その繊細な糸に視線の焦点をうまく合わせていかないときちんと見ることができない。特に壁に沿って絹糸を水平に張った作品は、そこに作品があることさえ気づかず通り過ぎてしまった人も結構多いのではないか。作品自体が繊細なだけでなく観る側にも繊細な視線を要求される作品だと思う。木藤純子の一番奥の部屋の作品も同様だろう。天井から桜の花びらのようなものが舞い落ちてくるのに気づかず部屋を出て行った人もいたかもしれない。

椛田ちひろの作品もまた、ボールペンの細かい線の集まりによって成り立っているもの。近くでよく見ると分かるが、鏡面のように黒光りしている部分も黒いボールペンの細い線をひたすら積み重ねることで描かれている。一見ただ簡単に黒く塗っただけのように見えるところにも時間と労力の積層が隠れている。でも、個人的にはギャラリーαMに展示されていた、手で描かれたアクリルの作品の方が面白かった。

他にも出品作家はいますが、とりあえずこんなところで。今回のMOTアニュアルは前回の「装飾」よりはずっと面白かったです。この展示はすでに終了しています。
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