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無人島にて 「80年代」の彫刻/立体/インスタレーション

「無人島にて 「80年代」の彫刻/立体/インスタレーション」@京都造形大学ギャルリ・オーブ

 展示会場で配布されるハンドアウトに掲載されているキュレーターのステートメントの末尾に次のようなことが書かれている。「本展がこれまでの「80年代」史観に異なる視点や議論を提供し、霧がかる多島海を航海するための、しなやかな櫂となることを願ってやまない。」「無人島にて」という展示を見て受けた印象はまさにこの文に表されていると言える。まず通常、日本の80年代美術を思い浮かべる時この展覧会の出品作家を挙げる者は少ないだろう。例えば上前智祐と言えば普通は具体所属当時の作品を思い起こすだろうが、あまり知られていない、布と糸で作られた80年代の《縫立体》という作品が本展では展示されている。そのような意味において、「無人島にて」展は今までの「「80年代」史観」に決して大仰ではないやり方で異議を唱えるものであると言える。そして本展ではそうした異なる「80年代」史観が提示され、あまり触れたことのない作家や展示作品が多いからこそ、そこは霧がかっているように感じられるのであり、さらには「多島海」のようにそれぞれの作家の作品は(今までの「80年代」史観から、会場の他の作品から)孤立した島として互いに緩やかな関係性を結んでいるのである。
 
 これから始まる「霧がかる多島海」の航海を象徴するかのように、展示冒頭には、黒い霧がかかったかのごとく薄暗い会場のなか、水の上を航行する舟を象った福岡道雄の《波・または》が置かれている。そしてその横には、作家自身がその上に乗ることによって作られた宮﨑豊治の立体作品《身辺モデル on a slanting surface》が(これもまた舟のように?)展示されている。さらに同じ部屋の奥には水を用いた笹岡敬の作品。
 
 次の部屋には、本展で最も印象に残った殿敷侃の、作品というより、ほぼ記録写真と記録映像の展示がある。注目すべきはその写真の展示方法であり、クロノロジカルではなく恣意的かつ暴力的に編集された形で並べられているのである。したがって一見似たような作品の写真が隣接して置かれていても必ずしも同時期の作品ではないこともある。シンプルな展示に見えるかもしれないが、写真の選択とその並べ方には、キュレーターの意思、つまり殿敷侃はこういう作家なのだという強い主張がそこに垣間見えるのである。
 
 そして最後の3つ目の部屋では、椎原保がまだ公開制作を行っており、もう片方のスペースには八木正の立体作品が4点置かれている。26歳の若さで早世した八木正の作品を見られるのもとても貴重な機会だろう。ミニマルでありながらも木という素材や木目を活かした作品。
 
 このようにして「霧がかる多島海を航海」してきた結果、そこに明瞭な海図のようなものが立ち現れることになるのだろうか? 「無人島にて」展は異なる「80年代」史観を提示しつつも、これこそ本当の日本の「80年代」美術だという「真正性」を確保しようとはしていない。展示にはキュレーターの明確な主張が見えながらも決してその主張を我々に押し付けるわけではないのである。そもそも本展のキュレーターは80年代生まれであり、これらの作品を当時の状況のなかで体験してきたのではない。したがって、ここで提示されているのは、あくまでも現代という地点から遡行的、アナクロニスム的に発見された「80年代」であり、そうした視点によってこそ初めて可能になった史観なのだ。そして展示を通して表されたその史観は、それを見た我々がまた遡行的に紡ぎだすだろう新たなる「80年代」史観のための土台、航海のための櫂のようなものとなることだろう。

「無人島にて」展はすでに終了しました
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MOTアニュアル2012における田中功起氏の試み

田中功起上映会(@ユーロスペース)そしてMOTアニュアルにおける田中功起氏の試み


この上映会の前に予習ではないが、vimeoで公開されている同じ作品《A Piano Played by Five Pianists at Once (First Attempt)》http://vimeo.com/34917113をちらっと観たのだが、今回映画館という場においてこの作品を再び観て、まず印象がかなり異なることにまず驚かされた。その違いを作り出しているのは、もちろんインターネットと映画館という空間そして環境の違いなのだが、そこで思い起こされるのはボリス・グロイスのデジタル論である。グロイスによれば、デジタルの映像はいつも同じものでありそれがデジタルの特徴だと思われているが、いつも変わらないのはあくまでも不可視のデジタル・コードであって、映像自体はそれを映し出すメディアによって様々な現れ方をする。ネットで見るのと、美術館のインスタレーションの中で見るのと、会議の中で映像資料として見るのとでは、同じデジタル・コードを元にしたものであっても、実際に映像を見る際にはメディアによって異なったものとして現れる。
 
 したがって、僕がネット上のvimeoで見たものとユーロスペースという映画館て見たものとは同じ内容であっても、もはや同じ作品とは言えないのかもしれない。今回わざわざ映画館で作品を上映したのは、長い作品なので映画館の方が見易いからというわけではなく、普段作品が上映される場となっている美術館やギャラリーとは異なる空間・コンテクストにおいて上映するということが目的であったのだろうし、そのコンテクストの違いが作品体験の違いをも生むだろうという確信があったからであろう。その違いを体感できたことが今回の上映会においてとても興味深い経験であった。

そもそもすべての作品を全部見ることができないというのは今では現代美術の展覧会の一つの条件のようなものになっていて、それこそ映像作品をすべて見ると膨大な時間になってしまうので、実際問題として見ることができない。すべてを見ることの不可能性がそこには胚胎されている。それに対して映画館では作品全部見ることが前提となっているのだ。映画館で映画を見るということは、ある一定の時間観客が一つの空間に閉じ込められ、初めから終わりまで作品すべてを見ることである。もちろん映画館で映画を見るということ自体はありふれた経験であるが、元々美術の展覧会のために作られた映像作品を美術の展覧会のイベントとして映画館で見るとなるとまた話は違ってくる。(実際この作品が初めて公開された際は普通にギャラリー内で上映されたはずである。) そこではそれぞれの上映環境やコンテクストの差異、その差異がもたらす鑑賞体験の違いといったものを必然的に意識させられることになるのである。したがって、ただ映画館で映像を上映するという事実ではなく、美術の展覧会で上映されるはずの作品が映画館で上映されるという、コンテクストの移動こそが重要であるだろう。

田中さんはそもそも今回に限らず作品をどのように展示するかということにとても意識的なアーティストで、 作品展示や体験の場が展覧会という枠組みのなかに限定されてしまうことに批判的であり、 作品展示の仕方を変えることによって作品体験にどのような違いが生まれるのかということを探求し続けている。今回のMOTアニュアルにおける田中さんの出品作品はその問題意識が如実に出ているものであって、展示会場には田中功起作品は基本的に存在しない。 (ちょっとした例外はあるのだが…) 会場以外の場所・メディアで田中さんの作品は展開されていて、例えば「ダイアローグ・トゥー・ザ・パブリック(JR山手線)」 http://togetter.com/li/399048  はその顕著な例だろう。山手線の車両内で名札とボードを膝の上に置いて美術について数人でトークする。 もしただ普通に電車に乗って話をするならば別に普通のことであって、ここでも重要なのは、名札ボード?を持って美術の話をしているということである。どこか美術館の講堂などで行うトークの形態を山手線の中に持ち込んでいる。それによってトークという行為も山手線の車両という場もともに異化され別のものに変容しているのだ。したがって、ただ公共空間でトークすることだけでなく、ここでもコンテクストの移動が重要な役割を果たしている。

このような「オフ・ミュージアム」といってよい活動は、美術館や展覧会という存在を否定しているように見えるかもしれないが、決してそうのような意図で行われているのではないだろう。一方で美術館が他の空間とは異なるものとして存在しているからこそ映画館や公共空間での活動も意義深いものとなるのである。そこでは、美術館を否定しているのではなく、その存在を利用しつつ館外活動を通じてアーティストが美術館を(そして公共空間といったそれ以外の空間をも)変容させているのである。

《参考リンク》
MOTアニュアル2012「風が吹けば桶屋が儲かる」http://www.mot-art-museum.jp/exhibition/140/
ART iT 田中功起インタビュー(1) http://www.art-it.asia/u/admin_ed_feature/BAnvpX584DjzgLydcGKN
ART iT連載 田中功起 質問する6 (林卓行氏と) http://www.art-it.asia/u/admin_columns/kBHMmjVWKGU405fIyr6D/
田中功起 質問する8(西川美穂子氏と) http://www.art-it.asia/u/admin_columns/wCrksZchYbyUxA7VHPng/

浅見貴子「松の木 muison-so」(第五回日経日本画大賞展)を観て

「松の木 muison-so」(2010)の画像はこちら。

浅見貴子さんの作品を見て感じるのは、動き、もしくは時間と言ってもいいかもしれない。それも一方向的なものではなく多方向的。そういった意味で、浅見さんの作品は樹を描いていても枝が基本となっていて、幹を描いていないというのが大きいのではないだろうか。

描かれているのは樹ではあっても、画面構造的には単純なツリー状になっていない。幹という中心的な一本の線があり、そこから枝分かれてしていくという構造ではなく、ただ多層的な枝の絡み合いによる様々な方向へのリズムだけがある。大きな点の連なりのリズム。小さな点のリズム。様々な墨の濃度の枝の流れ。などなど。

それらが重なり合って複雑な画面を構成していく。だが、層になっていると言っても、単純に上から下へと固定的に重なっているのではなく、ある時はこの層が視線のうちに現れ、また別の時は違う層が現れる、という形で上下の層が時に応じて位置を変えながら顕在化してくるのである。画面をじっと見ていると、そうしたリズムや流れの中に観者自らが巻き込まれていくような感覚を受ける。本物の樹を見ているときの、光や風によって生じる枝や葉のさざめきも感じられるように思えるくらいだ。一瞬一瞬新たな出来事が起こりその都度画面が変容していくという感覚。それはマイケル・フリード的な現存性 presentness のように瞬間ごとに全体性が現れるのではなく、視線を動かすごとに新しい要素が出現することによって、むしろ逆に全体性の不可能性、画面の汲み尽くせなさようなものが一瞬一瞬感じられるということだろう。そのような多方向的な動きやリズムのなかに巻き込まれること、それが浅見さんの作品を観るという体験ではないだろうか。

第五回日経日本画大賞はすでに終了しています。
浅見貴子さんの個人サイトはこちら。

生誕100年 ジャクソン・ポロック展(東京国立近代美術館) 後編

ここから後編。前編はこちら。

次にようやく今回の目玉作品、はるばるイランからやって来た「インディアンレッドの地の壁画」(1950)。先述のように「最高傑作」とは言い過ぎかもしれないが、この展覧会の出品作のなかではこの作品がポロックの代表作に一番近いものだろう。作品タイトルの通りインディアンレッドに塗られた地の上に白や黒、黄やシルバーの細い線が画面いっぱいに比較的均一にポーリングされている。いわゆるオール・オーヴァ&ポーリングの作品と言ってよいだろう。大きさ的には壁画サイズの代表作に比べて少し小さく183×243.5cm。地のインディアンレッドはとても主張の強い色であるのだが、作品を観ているときに不思議とあまり気にならない。むしろ細かい線の絡み合いが前面に出て来ていて、こちら観者がその中に巻き込まれていくような感覚がある。そういった意味で、岡崎乾二郎氏がポロックの身体運動を魚釣りの身振りに例え、ポロック作品の空間は奥行きではなく手前に実現されるのだと言っていたのはよく分かる。最上部のふんわりと投げかけるような線によってこちらの身体が絡め取られるような感じがする。

そのようなポロック絶頂期の典型的な作品に対して、「ナンバー7, 1950」は少し違う魅力を持っている。個人的には、「インディアンレッド」に劣らず良い作品だと思うし、今展覧会で最も印象に残った作品だ。「インディアンレッド」と同様こちらを巻き込み絡め取るような感覚はあるが、それと同時に、線の密度が低いせいか積み重ねられた複数の層がより露わになっている。一番奥の層に刷毛で塗られたアルミニウム塗料のシルバーの太い線、その上に黄色、黒、白のポーリングの線が順に重ねられていく。さらに、黒と白の2層ではそれぞれ垂直に引かれたポーリングの線が横方向に並置されているのが明瞭になっていて、水平方向への動きが感じられる。(特に黒の線は「壁画」に近い、人体のような形象を想起させる。) 

このようにこの作品では並置と積層が絡み合っているのだが、さらにこれを複雑にしている二つのポイントがあって、ひとつは最も奥の層で用いられているのがシルバーのアルミニウム塗料であるということである。図録などの解説文でも触れられているように、光の当り具合によっては輝いて見えるので一番奥にありながら不意に最も手前に存在するように感じられる。そのように積層の順番を故意に混乱させるような仕組みがなされているのに加え、もう一つのポイントはそのアルミニウム塗料がポーリングではなく刷毛を用いて描かれているということである。ポロックのクラシック期(1947-50)と言うとどうしてもオール・オーヴァかつポーリングというイメージになってしまうが、実際はこの時期でもそのクリシェに必ずしも当てはまらない作品が多い。この第四章の作品でも典型的なオール・オーヴァ&ポーリングの作品と言ったら「ナンバー11, 1949」や「インディアンレッドの地の壁画」(1950)ぐらいではないだろうか。あとはせいぜい「ナンバー25, 1950」。この「ナンバー7, 1950」も刷毛を用いているので完全なポーリング作品ではないためその名称には当てはまらない。

技法に戻ってもう一度考えてみると、刷毛で塗ることとポーリングとの一番の相違は、ポーリングでは画面から距離を取って直接触れることなく薄く溶いた絵具を注ぎ込むのに対して、刷毛を用いる際には画家自身がキャンバスに近づいて絵具の付いた刷毛をキャンバスに直接接触させるということである。要するに、オール・オーヴァ&ポーリングの作品が均質的であるとするならば、この作品においては二つの描き方(刷毛の使用とポーリング)によって一つの画面の中に二つの異なる絵画的質がもたらされ、それぞれ層となって統合されることなく共存しているのである。

そして大原美術館の「カット・アウト」(1948-58)は、まさにナイフが直接オール・オーヴァ&ポーリングの画面に接触し切り込むことによってキャンバスの中心部から人体的形象が暴力的に切り取られた作品である。(ポロックが形象を切り抜いた後放置していたものを妻のリー・クラズナーがポロックの死後彼の他の作品のキャンバスに貼り付けた、というのが今では定説になっているようだが、ここでは作品だけに注目し作者問題は問わないことにする。) ここでも画家による二つの異質な身振りが一つの画面に共存している。「暴力的」と言ったように、刷毛で塗られた以上にキャンバスを切り抜く行為は異質性を感じさせるものだし、絵画というよりは彫刻的行為に近い。(ここで、もともとポロックは画家よりも先に彫刻家を目指していたことを思い起こしてもよいかもしれない。)  1947年にポロックはこう言っている。「枠に張っていないキャンバスを、硬い壁や床に鋲で留める方がいい。私には硬い表面の抵抗が必要なのだ。」[Pollockと図録] 中空から絵具を注ぐポーリングではキャンバスとの距離が保たれているのに対し、カットアウトではナイフが直接キャンバスに触れ「硬い表面の抵抗」を強く感じて形象を切り抜くことになる。要するに、ポーリングでは失われてしまった「硬い表面の抵抗」を求めて、刷毛や筆で直接キャンバスに絵具をなすりつけ、さらにはナイフによる切り抜きという形で表面の抵抗への欲求が暴力的に現れたのではないか。ここではあまり触れるつもりはないが、マイケル・フリードのように網膜の欠損という形でカットアウトを視覚性に包含してしまうこと[ATP]には疑問が残るし、そのような解釈ではその彫刻性や暴力性を捉えることができないのではないか。(奇しくもフリード自身はカットアウトに関して計らずも「外科手術」という言葉を使ってしまっているのだが。[ATP])

少々長くなりすぎてしまったので、簡単に最後の第五章を見て終わりにしよう。どんな理由かは明確ではないが、ポロックは多大な成功を収めたクラシック期の様式を捨て51年から「ブラック・ポーリング」という技法に移行した。地塗りしていないキャンバスに薄く溶いた絵具を注ぎ込んで布地に浸透させる(ステイニング)という方法で制作されたもの。技法の変化だけでなく、これと同時にクラシック期に姿を消していた具象的イメージが復活する。すぐ翌年にポロックはブラック・ポーリングを止めてしまうのだが、彼の早い晩年において充実した作品群を形作っている。

まず本展覧会における最も巨大な作品でもある「ナンバー11, 1951」を見てみよう。この作品は「ブラック・ポーリング」シリーズ作品の一つなのだが、実は黒だけで描かれているのではなく一番下の層は茶色の絵具が塗られている。その上にほぼ重なるようにして(だが完全に重なることはなく)黒の絵具がポーリングされキャンバスに浸透しているのである。つまりここでも以前の作品と同様に積層化された画面が形成されているのである。(茶色の層の存在もしっかり分かるようになっている。)

そして、「ブラック・ポーリング」シリーズの中でも個々の作品によって異なるのだが、少なくともこの作品においてはポーリングされた黒の絵具は何らかの形象を輪郭付ける役割を果たすというより、むしろ外側の余白部分を黒く塗りつぶすことによって白い部分に形象を浮き上がらせるということを行っている。したがって、直接的に形象の部分を絵具で塗ったり輪郭線を引いたりすることによって形を描くのではなく周りの部分をマスキングすることによって形象を表すという意味では、意外にも1945年の「トーテム・レッスン2」などの制作方法に近い。この「ナンバー11, 1951」では、地塗りされていない白いキャンバスは図を浮き上がらせる地ではなく、むしろそれ自体が図となっているのである。

他にも言及したい作品が多くあるが、とりあえずこの辺りでやめておこう。これまで述べてきたように、ポロック作品においては並置と積層という二つの要素が重要な役割を果たしていて、「ナンバー7, 1950」のような充実した作品ではその二つが絡み合って絵画空間を構成している。さらに、最後に検討した「ナンバー11, 1951」を見ても分かるように、晩年のブラック・ポーリングの作品でも初期作品と共通する構造を備えている場合があるし、クラシック期のオール・オーヴァ&ポーリングの作品に絶頂を見る観点がポロックのキャリアにおいて断絶を強調するのに対して、それと同時にポロックにおける連続性を見ることも重要となってくるであろう。

いずれにせよ、ポロックの作品をある程度まとめて見ることができるまたとない機会なので、実際にポロック作品をご覧になることを是非お勧めしたいし、自らも何度も足を運びたいと思う。

ジャクソン・ポロック展は東京国立近代美術館で5月6日まで。

参考文献
・「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」図録 (2011年) [「図録」と略]
・「Art Trace Press 第1号 特集 Jackson Pollock」 (2011年) [「ATP」と略]
・Jackson Pollock, Interviews, Articles, and Reviews, 1999 [「Pollock」と略]
・「芸術新潮 ポロック特集 2012年3月号」

生誕100年 ジャクソン・ポロック展(東京国立近代美術館) 前編

東京国立近代美術館で「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」を観た。紙作品などの展覧会は開かれたことのあるものの、本格的なポロック回顧展は日本で初めて。日本にあるポロック作品28点がすべて集結しているのに加え、MoMAやテートからも作品が来ている。そして目玉作品として、主催者が「この一枚、評価額200億円!!」と少々品位に欠ける宣伝をしている「インディアンレッドの地の壁画」(テヘラン現代美術館)が出品されている。この作品は、1998年MoMAでのポロック回顧展にも出ていなかった作品で、(「ポロックの最高傑作」と言うのは少し大げさだろうが)それが今回日本で見られるのは非常に貴重な機会であるだろう。もちろん「ワン:ナンバー31」や「秋のリズム」といった代表作は来ていないが、それでもそれなりに見応えのある良い展覧会になっている。よく言われるように、そのようなクラシック期(1947-1950)の傑作の不在によって、逆にクラシック期にポロックの頂点を見出すような見方(例えばマイケル・フリードやウィリアム・ルービンのような)とは違ったポロック観が形成される良い機会ともなりうるだろう。実際、初期作品からポロックのキャリアを順にたどっていくと、そのようなモダニズム的見方に容易に当てはまらないポロック像がおぼろげながら見えてくる。絶頂期と言われる47-50年の作品は範例というよりもむしろ例外であり、そこで見えにくくなってしまったポロックの豊穣さがむしろその前後の時期において露わになっているのではないか。そしてそこで顕在化された豊穣さを通してポロックのクラシック期を再照射することによって、クラシック期と前後の時代の間に断絶を見るだけでなく、それと同時に連続性をも発見することができるのではないだろうか。そのときオールオーヴァ&ポーリングというクリシェで表現されるクラシック期のポロックが今までと違う表情を呈することだろう。

では、展覧会の構成に沿って、クロノロジカルに具体的なポロック作品を見ていくことにしよう。(以下、[ ]内の「図録」、「ATP」といった表記は末尾の参考文献を参照のこと。)

この展覧会は4章構成になっているのだが、第一章は1930-1941年の作品で構成されていて、ポロックがまだ美術学校で学んでいた20歳ぐらいの作品から始まる。全体的に厚塗りの作品が多く、トーマス・ハート・ベントン(アート・ステューデンツ・リーグでポロックはベントンの下で学んでいた)やアルバート・ピンカム・ライダー(「私の関心を引く唯一のアメリカの巨匠はライダーだけです」[図録とPollock]と1944年にポロックは述べている。)の影響が見られる。

ベントンの影響下から抜け出すと、今度は徐々にピカソの影響が現れてきた上、ネイティヴ・アメリカン美術の要素がモチーフとして使用されるようになってくる。今回の展覧会で実物の作品を観て思ったのは、ポロック作品において並置(沢山遼のように「隣接性」と呼んでもいいだろう[ATP])と積層化による時間性の発生が画面において生じているのではないかということだ。その二つに関しては後で具体的な作品に即して触れるが、第一章の作品について言えば、主に要素の並置によって画面が構成されているように感じられる。例えば、「無題 赤いアーチと馬のある構成」(1938)。人物のような形象が画面横方向(右から左)に行進しているかのように並置されている。右から左へ歩いている人物像を描いているという意味では、5年近く後の作品だが、ペギー・グッゲンハイムのタウンハウスのために描かれた「壁画」(1943)(本展には出品されてない)との類似性を感じさせる。(「壁画」は人物同士の隙間がほとんどなく、もっと密着した形で描かれているが。) 両者ともそのような人物像の並置によって横方向へのリズムとしての継起性を感じさせる。

この章において一番印象に残った作品は、ポロック初期の代表作と言ってもよいだろう「誕生」(1941)である。これもまた、円形のモチーフが上下に連なり並置されているもの。図録の解説には「旋回しつつ上昇していくようなムーヴメント」が画面にあると記載されているが、特に上下どちらの方向への運動か明確にするものは描かれていないので、「誕生」というタイトルのせいもあり個人的には「生まれ落ちる」というような下方向への動きを感じた。この作品で興味深いのは、おそらく最後に塗られたであろう分厚い白い絵具の部分。マンクーシ=ウンガロが、「パーシパエー」「秘密の守護者達」「雄狼」(すべて1943年作)で形態の描かれていない空白部分が意図的にグレーの絵具でマスキングされていることを指摘している[ATP]が、質感等は異なるもののこの「誕生」でもすでに同じような形で空白部分が白い絵具でマスキングされているように見える。円形モチーフは上下に並置されているが、同時にここでは白い絵具によるマスキングによって画面の積層性も多少なりとも顕在化してきている。

一つ一つの作品を分析しているとキリがないしポロックの真骨頂はこれ以降にあるので、次の章に進もう。まず「ポーリングのある構成 2」(1943)。今展覧会出品作の中ではポーリングが一番最初に登場する作品。一番上の黒く細い線がポーリングで描かれている。まだ画面全体を均等に覆っているとは言えずいわゆるオール・オーヴァと呼ぶことはできないだろう。依然ポーリング技法がここでは試行錯誤の段階にあることが分かる。ポーリングの線の下には絵筆で描かれた様々な色面が広がっていて、上の層と下の層が分離しうまく噛み合っていない印象がある。先ほど「誕生」に関して述べた「積層化」がここではさらに明確な形で現れてきている。(もしかしたら積層化とは、画面に対して垂直方向の並置であるとも言えるかもしれない。)

「赤いグワッシュ」(1944)は意外に複雑な構造になっていて面白い作品。パッと見ると、黒い下地の上に赤い平面が描かれ、さらにその上に様々な色彩の線があるように思えるのだが、よく見ると実際は先に赤い地が塗られその上にいくつもの線、さらにエッジから縁取るように黒でマスキングされていることが分かる。このようにポロックは、見た目と塗りの順番が違うという錯視的制作方法をしばしばやるのだが、このことは「トーテム・レッスン2」でも同様だ。(ちなみにこの作品は「トーテム・レッスン1」とともにグリーンバーグが絶賛している。[Pollockと図録])グレーの地に黒いトーテム像、そこに茶色で目口鼻などが描かれているように見えるが、実際は茶色の地が最初に存在し、その上から黒が塗られ最後にトーテム像の形を残してグレーで全体的にマスキングされているのだ。つまり、最初に見えた順番と全く逆になっている。目や鼻の部分に見える茶色の箇所はむしろこの絵の地なのである。

「アカボナック・クリーク・シリーズ」の一枚である「星座」(1946)も興味深い作品。詳しくは触れないが、ポロックが組み尽くせなかった可能性が詰まったような作品である。(ATPの松浦・林対談を参照のこと。)

では、ポロックの絶頂期とも言われる第三章「1947ー1950年 成熟期 革新の時」に行こう。この時期に至ってポロックは、試行錯誤の末ようやくオール・オーヴァ&ポーリングにたどり着き傑作群を作り上げたと言われる。(特にモダニズム批評に)この時期ばかりを強調する傾向があるのは少々問題があるだろうが、この時期の作品に一つの達成を見るのは間違いではないだろう。今回「ワン:ナンバー31」や「秋のリズム」といったポロックの代表作が来ていないのは残念だが、その分オール・オーヴァ&ポーリングというクリシェに容易に当てはまらない作品を楽しむことができる。まず「無題」(1949)を簡単に見てみよう。この作品、特に変わったところがないように見えるかもしれないが、近寄って見るとキャンバスの表面が最初に部分的にカットアウトされていて、その上から普段通りポーリングが行われていることが分かる。

そしてこれはオール・オーヴァとは言えない小品だが「ナンバー17, 1950」も興味深い作品。黒い地に緑や黄色、赤などで人物のような形象がポーリングで描かれている。これだけでも、マイケル・フリードが言うような[PollockとATP]、線が形象を輪郭付ける役割から解放され西洋美術史上初めて自律的になったという話では済まないことが分かるのだが、そのことはここで置いておこう。この作品において興味深いのは、そのような形象がポーリングで描かれた後にその上から黒の絵具をポーリングしていることだ。地が黒なので、原色系の色でポーリングされた部分ははっきりと見えるが、黒でポーリングした箇所は地と混ざり合ってしまってあまり判然としない。そのように、ポロック作品にはこちらの眼を惑わせるような目立たない要素を持ったものが多い。

後編に続く。


参考文献
・「生誕100年 ジャクソン・ポロック展」図録 (2011年) [「図録」と略]
・「Art Trace Press 第1号 特集 Jackson Pollock」(2011年) [「ATP」と略]
・Jackson Pollock, Interviews, Articles, and Reviews, 1999 [「Pollock」と略]
・「芸術新潮 ポロック特集 2012年3月号」
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